小さな島の大きな問題

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石垣島新空港

1、なぜ、石垣島新空港

石垣島に新しい空港を作ろうという動きは、もう何十年も前からあります。 現在の石垣空港は滑走路が1500メートルしかなく、大型ジェット機の離発着ができず、 唯一のジェット機は、130人乗りのボーイング737しかありません。 これは、那覇石垣間の便だけでなく、本土から石垣島への直行便もそうです。

例えば、東京から石垣島への唯一の直行便であるJTAも同じボーイング737で、少し 機体が異なりますが、それでもたったの150人 しか乗れません。これが1日たった1往復だけです。しかも東京から石垣へは直行なのですが、 石垣からの便は飛行機が満載になり重たくなるため滑走距離を長く取らなければならないため、 燃料をあまり積めず、いったん宮古島に立ち寄って燃料を積み込んでいます。

2、白保のサンゴ礁を守る

八重山群島を代表する石垣島への航空便がこれではいけないということから、 もっと大きな新しい空港を作ろうという運動が始まりました。ところが、当初、白保のサンゴ礁を埋め 立てて作ろうということになり、これが自然破壊につながるとして、世界中をも巻き込む大問題になっ たのは記憶に新しいところです。

白保の海は、飛行機で石垣へ降りるときに、たいていの便はこの上 を通るので、八重山に来た人がまず最初に目にする八重山の海でもあります。エメラルドグリーンの海 と深い青の海とがサンゴ礁のリーフによって、くっきりと分かれているのは、とても美しいものです。

3、他の候補地

結局、白保に作るという案は撤回されました。自然保護運動が行政を覆すとい う快挙だったわけですが、それでも、空港を作るという計画がたち消えになったわけではなく、代替候 補地が挙げられることになったわけです。

様々な候補地が浮かびましたが、どれこもこれも障害や反対がありました。カーラ岳という現在の空港 の北側にある山の東側海岸に作る案が一時有力になりましたが、これも結局自然保護の問題などで見直 しを迫られることになりました。

4、反対の理由

 そして、現在最も有力な案は宮良という所に作る案です。しかし、これも住民 の反対にあっています。石垣に空港を作るということは、八重山の人々の昔からの願いだったわけですが 、それにもかかわらず、何故これだけ反対運動が起きるのでしょうか。
 それは成田空港建設問題とほぼ理由を同じにするように思えます。つまり行政が地元住民と話し合い の機会をあまり設けなかった点、そして反対にあうたびに世論の盛り上がりなどによって、日和見的に 転々と候補地を変えていった点にあると思います。

 結局、空港ができることにより立ち退きを迫られたり、騒音問題に悩むことになる地元住民との話し 合いが全くなされていなかったという点が、現在まで候補地が決まらない最大の原因であるように思われます。
 とくに、現在の有力候補地である宮良は以前は赤土で作物が実らず、土地改良を加えながらようやく 農地となった土地なのです。農民の方の苦労も並ではなかったはずです。それが、空港建設のために立 ち退け、つぶせ、などと言われたんでは、農民の方の怒りは当然だと言えましょう。

5、空港はできるのか

 石垣島新空港は、どこにできるかはともかくとして、いずれ、できることは間 違いないでしょう。いずれにしても、行政側が住民の声を聞かないかぎり、官民の合意がなることはな いでしょう。行政は、昔は高圧的に、そして今は弱腰になって、住民の声を聞こうとはしません。沖縄 本島の楚辺通信所の立ち入り禁止問題で政府と揉めている沖縄行政が、別の場所では住民をいじめてい る様な印象を与えたくないということでしょう。

 問題が生じてから、すでに20年近くが経過しました。新空港は島の内外にとって必要なものであること は間違いありません。行政と地元との歩み寄り、そして環境保護と開発との境界を見いだすこと、それ が解決への道であるとともに、21世紀へ向けての地方行政の在り方として、大きな第一歩になること でしょう。

6、最後に

 以上、ありきたりの論評をしました。だいたいの経緯だけは、お解りになって いただけたでしょうか。
 私が初めて八重山を訪ねたのは17年前のことですから、ちょうど空港問題がおき始めた頃です。 その頃はとても海がきれいでした。もちろん今でもきれいですが、しかしその頃と比べると東京湾と伊豆の海くらいの差があります。竹富島の西桟橋の付近でもサンゴ礁が見られましたし、黒蝶貝が取れて運が良ければ黒真珠が取れた、 なんてこともありました。今では西桟橋の辺りは砂に埋もれてしまって、サンゴは死んでしまい見る影も ありません。コンドイ浜も、浜のすぐそばまであったサンゴ礁は、今でははるか沖まで後退してしまいました(それでも200メートル程度ですが)。

 しかし、確かに便利になりました。竹富島の船着き場は立派になり、道も舗装され、「竹の子」という 私がよく行く島の食堂も冷房完備の立派な食堂になりました。時代は変わってゆくものであり、あのころが懐かしいなどという想いは、思い出の中のひとこまとして 自分の心の中に残しておけばいいのだし、あえて感傷に浸ることもない。そう合理的に考えられ るのなら、私のような部外者が何も言うことはありません。全てはその土地に住んでいる人達だけで決め ればいいことです。
 けれど、そこは私の思い出の土地でもあり、なんとか残しておいて欲しいものもあります。ここまでい くと、空港問題とは視点がずれてきますが、八重山の自然を愛する者の声も聞いて欲しいと思います。

 でも、むやみやたらと自然保護だなどと叫ぶのは嫌いです。そもそも自然を保護するなどという思い上 がった考えは嫌いです。もっと素直に考えれば、好きだからそのままであって欲しいと思うわけで、それ 以上でもそれ以下でもありません。
 もちろん、地元に住んでいる人の意見が最も尊重されるべきものですが、私たちだって八重山を愛して います。だから、私たちの声も聞いて欲しい。そうゆう願いをこめて、この文章を書きました。
 長文をお読みくださり、ありがとうございました。

(1997年記す)

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