竹富島はどこへ行く

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私の個人ページでありながら、結局竹富島について書きます。私イコール竹富島と言ってもいいくらい、私の人生にとって 竹富島は大きな存在です。この島について、書きたいことはまだまだたくさんありますが、メインのページに書ききれなかったことや、あまり に批判がましくて観光案内を期待してこのページに来て下さった方には読んでいただくのが申し訳ないようなことなどを少し書きたいと思います。ですから、このページはごくごく個人的な思いをつづったものですので、お時間のない方は どうぞメインページに戻って下さいね。

さて、まず一つ言い訳を。

このホームページを開設してから、たまにメールをいただきます。全く知らない方からいただく 場合がほとんどですが、雑誌「T-DON」 の方でも宣伝しましたので、そちらを見てメールを頂く場合も あります。そうゆうメールの中で、たまに「あなたは竹富島の 方だと思った」と言われることが あります。これはしかしそんなことはなくて、私は単なる旅行者で、ほぼ毎年のように竹富島へ 観光に訪れている者のうちの一人です。私は東京の人間ですので、お間違いなきように。 だからと言う わけではないですが、島の紹介の中にもかなり間違いや偏見が含まれている場合があるかもしれません。 それも これもすべて私の不勉強と一方的な思い込みが原因ですのでお許し下さい。

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昔、竹富島は

私が初めてこの島を訪れた昭和54年。私はことあるごとに、この最初の来島の経験と比べてしまう 悪い癖があります。例えば、珊瑚礁は昔の方がもっときれいだった。星砂もたくさん取れた。などなど。

それはたしかにそうなんだけど、昔は昔で不便なことが一杯あったわけで、例えば、石垣から竹富へ行く船は1日に10往復程度しかなかったし、水の出もあまり良くなかったし、自販機がなくて、とくに ビールの自販機がなくて苦労した。もう数え上げればきりがありません。それから比べれば、今は 本当に便利になりました。しかし、失ったものも数多くあるという点は、何も竹富島に限ったことでは なくて、どこでも同じです。

戦後すぐの頃、竹富島の人口は現在の約8倍にあたる約2200人でした。第2次大戦の終戦により台湾に住んでいた日本人が八重山に移り住んだ結果、これだけの過密とも言える人口数になったわけです。
あの狭い島に 8倍の人が住んでいたなんて、とても今からでは想像できません。しかし、確かに島のあちこちには 空き地や昔はここに建物があったんだろうなと思えるような場所がいくつも点在しています。そこに 家族が住んでいたとして、また今ある家にも子供や若者がもっとたくさん住んでいるとしたら、2200人 くらいの人口がいても不思議ではないのかもしれません。

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みんな出て行ってしまった

しかし、数十年が経過し、竹富島も、日本の各地の離島にありがちな過疎と老齢化という問題に直面しています。そのせいで 20数年前には20件もあった民宿が今では10件となり、農業人口が減ったせいで環境問題が起きて います。しかし、ここのところ、減少傾向にあった人口も少なからず増加傾向を見せ、島に唯一の小中学校 の生徒数も増加しているようです。

しかし、これはIターン、もともと島出身でない人が島にたくさん移り住んだ結果、人口も増加し、若年人口も増えているに過ぎません。もちろんこれは悪いことだと言うつもりはありません。島外の 人たちが竹富島を愛し、自分の人生を捧げてもいいというつもりで移り住んだわけですし、そうであれば 竹富島はその人たちにとっても自分の島であるし、なにより若い人たちが増えるというのは過疎化の 進む地域では非常に歓迎されるべきことでしょう。

ただし、根本的な原因が取り除かれたわけではありません。島で生まれた人たちが島の外に出たがる、または出ざるを得ない理由は他にあるはずです。それこそが、竹富島をはじめ全国の過疎地域が悩んでいる 最大の理由でしょう。もっとも理由はそれぞれの地域で様々です。竹富島では何が問題なのでしょうか。

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竹富島に住んでみたい

ごくたまになのですが、このホームページをご覧になった方から、竹富島に移住したいのだけどどうすればよいか、というメールをもらうことがあります。そこまで考えていなくとも、将来住みたい、あるいはできれば住んで みたいという方はたくさんいらっしゃるようです。ですが、実際の話、竹富島に移住するのはかなり困難を 伴うものだと私は感じています。

竹富島には独自の憲章があり、みだりに島の外の人間に土地を売ったり貸したりしてはならないと 定められています。以下に全文をご紹介します。

竹富島憲章

私たちは、祖先から受け継いだ伝統文化と美しい自然環境を誇り「かしくさやうつぐみどぅまさる」の心で島を生かし、活力あるものとして後世へ引き継いで行くためにこの憲章を定めます。

保全優先の基本理念

  1. 「売らない」 島の土地や家などを島外者に売ったり、無秩序に貸したりしない。
  2. 「汚さない」 海や浜辺、集落等島全体を汚さない。
  3. 「乱さない」 集落内、道路、海岸等の美観、島の風紀を乱さない。
  4. 「壊さない」 由緒ある家や集落、景観、美しい自然を壊さない。
  5. 「生かす」  伝統的祭事、行事を精神的支柱として民俗芸能、地場産業を生かす。

私たちは、古琉球の様式を踏襲した集落景観の維持保全につとめます。
私たちは、静けさ、秩序ある落ち着き、善良な風俗を守ります。
私たちは、島の歴史、文化を理解し教養を高め、資質向上をはかります。
私たちは、伝統的な祭を重んじ、地場産業を生かし、島の心を伝えます。
私たちは、島の特性を生かし、島民自身の手で発展、向上をはかります。

昭和61年3月31日制定 竹富島公民館

これは単なる目標的なものではなく、島の人たちにきちんと守られています。汚さないという点では、 朝早く自分の家の周りの道路を竹箒で掃く姿があちこちで見られますし、実際汚いと思えるような場所は少なくとも集落の中にはありません。

乱さないという点でも、島の中では水着姿で歩いていると注意されますし、夜11時以降は島歌で あっても歌を歌ったりして騒ぐことはしません。景観は美しく守られていますし、竹富島ほど 伝統芸能の盛んな島はありません。

本当に、竹富島ほど島の景観や伝統を守ろうとしている島は他にはないのではないかと思います。 これほどの努力をしている島民の方々には、ただただ頭が下がる思いです。だからこそ、竹富島は 全国的にも他の離島と比べて有名な島になったわけですし、世界的に見ても誇るべき景観と伝統が たくさん残っている島になり得たのだと思います。

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なんでこんなにいい島なんだろう

繰り返しますが、これらは全て島の人たちの努力のたまものなわけです。島の人たちが自らの利害を捨てて、まず一番に島のことを考えて行動してきた結果が現在の竹富島であるわけです。決して、自然のままに放っておいた結果として、現在の竹富島があるわけではありません。

とするならば、これだけ努力をし、人と人との結束の堅い島に、単なるあこがれや観光気分で移り住むということがいかに困難であるかは少し考えてみれば分かることだと思います。竹富島に移り住み、島民として寿命を全うしたければ、まず島を守り、島の行事に参加し、島の伝統を受け継いでいくための努力をしなければなりません。これができなければ、島に住むことなど到底できないわけです。

もちろん、移住して、これら島民としての義務を守り生活している人はたくさんいるわけで、島の人たちはそうゆう人たちに対しては、暖かく受けいれる心をもっているものと私には思えます。

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でも住むのは大変なんだ

さて、島の外から来る人に対してはこのような困難な努力が必要なわけですが、これはもちろん島の人たちに対しても同じように困難なはずです。竹富島に生まれたからといって、島を守らなくてはいけないということはないわけで、それを鬱陶しく思う人がいても当然だと思います。地方に育った人が都会に出てきたいと思うようになることはよくあることですし、実際に竹富島にも都会に出てきて働いていたり、働いたりした経験のある人はたくさんいます。

そして、またよくあることとして、数年後、数十年後に生まれ故郷に戻るということもあります。理由はいろいろでしょうが、島を守り育てていくという生き方を選ぶ人もいるでしょう。しかし、逆にその時に、竹富島独自の困難さというものが、障害になりうることもあるのではないかと、私は思います。

もちろん、全くの部外者の私に、その辺りの微妙な機微など分かるはずもありませんが、島で生きていこうという考えに全く影響を与えないとは言えないのではないかと思えるのです。

離島という地域社会、とくに伝統芸能の島として有名な島で生きていくということは大変なことだと 思います。少しでも気を抜けば、なくなってしまうものが島にはたくさんあります。私のような単なる 観光客はただ島に住む人たちを応援することしかできません。

願わくば、竹富島憲章の理念が後世まで永く続くことを祈って。

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制作者 鈴木敏和
発信地 神奈川県川崎市
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