富島大好き

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大好き竹富島。  バタ子 

 私がはじめて竹富島を訪れたのは高校の修学旅行のときでした。三泊四日、三日とも竹富の民宿に分かれて宿泊しました。竹富島を拠点として西表島や、石垣島に出向きました。
 もちろんその修学旅行が私の竹富島初上陸だったわけなのですが、今から考えれば本当に私と竹富島の出会いは運命というか、偶然が積み重なった物なんだなあとつくづく感じます。

 民宿に泊まることができたのも本当にラッキーなことでした。こちらのホームページでも取り上げられている通り、竹富島で民宿に泊まるってことは大きな意味があると思います。私が泊まった民宿では、おじさんがサンシンを弾いてくれたり、おばさんはとってもおいしいご飯をつくってくれたり、しかもそのお料理の食材は島で取れたものや、自分のお庭で取れたものとかなんです!
 星がいっぱいの夜空や、お庭のきれいな花とか、音楽とか、すべてが新鮮で絶対また来る!! と自分の中で誓ったものでした。

 それから二年後、初めての一人旅として、私は竹富島へ旅に出ました。竹富島は二年という長い歳月が経ったにもかかわらず、ほとんど変わっていませんでした。
 たとえば私の住んでいる街であれば、一年も経てばすっかり変わってしまっています。昔ながらの古い家が取り壊され、新築の今風の家が建っていたり、子供のころよく遊んでいた空き地が駐車場になってしまっていたりします。自分が育ってきた街がどんどん変わっていくのって思い出まで薄らいでいきそうで、いつもなんだかさみしいなあと思っていました。
 竹富が以前と変わらず、美しい街並みや自然を保ちつづけているのも地域の住民の方々の努力の賜物なんですけれど、そういうことってすばらしいことだなあと改めて感じました。

 私が泊まった民宿のお母さんは、若い人たちにお祭りのときの踊りを教えているそうです。隣の家のおばさんが夕飯のおかずにどうぞ、見たいな感じで自家製のコロッケを持ってきてくださったのも見ました。
 道端でおうちのお庭の掃除を手伝っている地元の小学生の男の子とすれ違ったことがあったのですが、おはようございまーす、と元気に挨拶してくれました。
 伝統を受け継いでいったり、地域の人どうしの交流が活発であったり、そういうのを間近で感じたことがなかったので、あったかい気持ちになりました。

 都会で物質的には満たされている生活を送っていますが、それだけではだめなんだなあと 思いました。竹富島はみんなを元気にしてくれますよね。ほんとに癒されます。
 大げさかもしれないですが、竹富島を訪れて価値観が変わったというか、人生が変わったように思います。

 それ以来すっかりはまった私は、絶対毎年行ってやる!!と決意し、次回旅するのを心待ちにして毎日過ごしております。
 土曜日に一週間分まとめて放送されるちゅらさんを欠かさず見て、八重山民謡のCDを購入し、竹富で買ってきたしかくまめさんのおさんぽマップを眺めて、そして毎日のようにこのホームページをチェックし、ついでにリンク集のところから八重山毎日新聞のホームページなんかものぞいちゃったりしています。

 最近は、自分は音楽的才能が一切ないとわかっているのにもかかわらず、サンシンが弾きたくて仕方がありません。竹富島の文化や歴史などもこれから少しづつ勉強していきたいと思っていますし、竹富島のために何かできることを探したいです。ずっーと、今のままの竹富島が存続しつづけることを本当に祈っています。そしてずっーと竹富島ファンでありたいです。

 つい熱くなって長くなってしまいましたが、ありがとうございました。

 

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