竹富島うんちく話

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ホバークラフトと港

 

ホバークラフト

昭和47年から57年までの10年間、八重山の各島々を結ぶ足としてホバークラフトが運航していました。

運賃は相当高く、石垣竹富島間が1000円ほどしたと思います。その当時、普通の船が230円程度でしたから、4倍の運賃だったわけです。その代わり、スピードも4倍で石垣竹富間をわずか5分足らずで結びました。現在運航されている高速船が10分かかりますから、かなりの速度でした。

船内は狭く暗く、小さな窓が付いているだけでした。走っている最中は巻き上げる水しぶきで外が全く見えず、また騒音もかなりのものでした。乗っているときもうるさく、また民宿の部屋にいても、港に入ってくるホバークラフトの音が聞こえたほどでした。

10年程前までは、東桟橋にもホバークラフトの発着所の跡が残っていましたが、今ではもう残骸すらありません。

竹富島東港

島には古くからの港が3つありました。
西桟橋のあるトモドイ、今は海水浴場になっているコンドイ、そしてここ東桟橋のある港です。この桟橋の付け根付近には、舟屋と呼ばれた船員たちの仮休憩所がありました。

この港は古くは大舛港と呼ばれていました。現在、島の外部との交通に使われる港はここだけです。
昭和30年代頃まで、この港は現在の位置より数百メートル東側にありました。その後現在の港が作られました。当初は西桟橋よりは広い程度の小さな桟橋でしたが、だんだん整備拡張され、平成15年には現在のターミナルのある立派な港になりました。

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